棚澤幸夫の精神世界の旅と鎌倉百景

鎌倉古刹散歩

 海蔵寺を訪ねる 鎌倉市扇ガ谷4-18-8
海蔵寺として開かれる前には真言宗の寺があったという。
建長五年 (1253) 六代将軍宗尊親王の命により、藤原仲能が七堂伽藍を再興したが、
元弘三年 (1333)の鎌倉幕府滅亡時の兵火で全焼。
室町時代の応永元年 (1394) 上杉氏定が源翁禅師(心昭空外)を開山に迎え,
禅刹となった。海蔵寺は鎌倉一の花の寺として、四季折々手入れの行き届いた境内は
花々で埋まります。




1.紅梅 一番に咲き始めます。
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2.梅の花の後ろに建つ茅葺きの庫裡は,
鎌倉の寺院の庫裡建築の代表で歴史的価値が高い。
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3.雪柳
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4.シャクナゲの花
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5.本堂横の崖に咲く、ヤマユリの花、香りが素晴らしい。
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6.満開のさつきの花のなかに建つ石像の観音様が立つ。
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7.海蔵寺に遺る、平景清の念持仏・十一面観音立像
20センチ位。平景清は壇ノ浦の戦いで勇名をはせた武将の一人。源氏に捕えられ
鎌倉に護送された景清は、土牢内で断食の末 亡くなったという。
景清の娘、人丸姫はその土牢近くの庵で尼となり父の念持仏を守り続けたと伝わる。
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8.土牢
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9.カイドウの花
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10.底脱の井
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11.本堂内殿正面の板戸
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12.内殿板戸の絵 1
この藤原義信筆の牡丹唐獅子図など貴重な文化財が多い。
板戸に描かれた獅子のしっかりとした筆づかい、牡丹の正確な描写には驚かされる。
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13.内殿板戸の絵 2
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14.花菖蒲
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15.ノウゼンカズラ
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16.頼朝の娘、大姫の守り本尊といわれる木造地蔵菩薩立像が安置されている。
頼朝は木曾義仲が人質として差し出した長男。義高を大姫の許嫁とした。
やがて頼朝と義仲の対立は深まり,義仲はうたれ息子義高も殺され、
義高を慕っていた大姫は嘆き悲しみ後を追う。岩船地蔵堂のある場所は大姫の墓所だともいわれ、彼岸のときには海蔵寺が供養を行っている。
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17.岩船地蔵堂、すぐ脇を横須賀線が走ります。
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18.十六ノ井。
海蔵寺境内の南隅の岩窟中にある井戸で正面に観音菩薩像、
その下に弘法大師像が安置されている。
窟底に径70センチ,深さ50センチ位の丸穴が十六個ほられていて、清水をたたえている。
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19.阿弥陀三尊来迎図板碑。
十六ノ井の壁に付されていたもので,嘉元四年 (1306) 8月の銘がある。
現在は鎌倉国宝館に寄託されている。
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20.小菊の花
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21.海蔵寺の境内はいつも整えられ、清浄な雰囲気は訪れる参拝者の心身を
癒してくれる。ひたむきに作務をされる御住職の姿には頭が下がる思いをした。
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22.山門前の紅はなの萩の花
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23.紫苑
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24.セッコク (野生 着生蘭)
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25.百日紅
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26.桔梗
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27.境内の紅葉 1
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28.境内の紅葉 2
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29.狩野探信筆の雲龍・山水の図.海蔵寺のひとつ。
此の板戸は普段は公開されていないが、此の度特別に撮影を許可していただいた。
舞うような龍の動き、吹き上げる雲の様子はじつに力強い。
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30.本尊薬師如来坐像
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31.この本尊は〈なき薬師〉〈こもり薬師〉などと呼ばれる薬師如来像で、
毎夜、悲しげな子供の泣き声が聞こえる墓を掘った、
出てきた仏頭を胎内に納めた所、鳴き声がピタリと止んだという、
この胎内の像を参拝出来るのは61年ごと。
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